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大阪地方裁判所 昭和30年(レ)104号 判決 1958年10月11日

控訴人 大内宇市

右代理人弁護士 豊蔵利忠

被控訴人 坂本基燁

右代理人弁護士 渡部繁太郎

主文

原判決を次の通り変更する。

被控訴人は控訴人に対し金六六七円を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

被控訴人が昭和一四年五月、当時訴外北村伝三郎所有にかかる本件土地を賃借人と称する控訴人から転借料一ヶ月金二、〇〇〇円の約定で転借し、その地上に本件家屋を所有していることは当事者間に争がない。控訴人は、右土地のうちの一部一坪二合三勺は元来控訴人自身の所有地であると主張するけれども、これを確認するに足る証拠は何等存しない。

そこで右転貸借の基盤たる賃貸借の契約の成否について判断すると、成立に争のない甲第一号証、原審における証人北村豊の証言及び原告本人訊問の結果、当審における証人北村喜雄、同中西久太郎の各証言を綜合すると、訴外北村伝三郎は昭和二二年頃、控訴人が本件土地に隣接する同じく伝三郎所有の宅地とその地上家屋を占拠していたので、控訴人に対し明渡を求めていたが、当時病身であつたため右土地の管理や控訴人との明渡交渉につき一切を実弟訴外北村豊に委任したこと、訴外北村豊は右委任に基き訴外伝三郎を代理して控訴人に対し明渡の交渉を進めたが、話合がつかなかつたため、昭和二三年頃自己の名で控訴人を相手方として大阪簡易裁判所へ家屋明渡請求訴訟を提起した結果、昭和二四年四月八日裁判上の和解が成立し、控訴人に対し前記家屋を売渡し、右家屋敷地に隣接する本件土地を賃貸することとなつたこと、右和解調書上、賃貸人名義は訴外北村豊となつているが、実際は、前記のとおり訴外豊が所有者たる訴外伝三郎から委任を受け、同人を代理して控訴人に対し本件土地を賃貸したものであることが認められ、右認定に反する原審証人西川徹郎、同北村寿美の各証言は、前掲証拠に対比してそのまま措信することが出来ない。そして右事実によれば控訴人は本件土地を所有者から適法に賃借したものであることが認められ、従つて本件転貸借は右賃貸借を基礎として、有効に成立したものということができる。

次に被控訴人主張の抗弁(一)について判断する。本件土地の元所有者訴外北村伝三郎が昭和二五年頃死亡し、その相続人訴外北村寿美外六名がその所有権を承継取得したのち、被控訴人が昭和二八年五月一六日右相続人等より本件土地を買受けてその所有権を取得し、その移転登記を了したことは当事者間に争がない。そこで右の如く転借人たる被控訴人が転貸借の目的物の所有権を取得した場合の法律関係について、以下順次検討する。

先ず旧所有者北村寿美等と控訴人との間の賃貸借関係の消長について考える。控訴人が本件土地につき賃借権の登記を有せず又その地上に登記した建物を所有していないことは弁論の全趣旨に徴して明らかであり、従つて控訴人の賃借権は対抗力を有しないものであるから、旧所有者と控訴人間の賃貸借関係は、新所有者たる被控訴人に当然には承継されず、控訴人は被控訴人に対しては本件土地につき賃借権を以て対抗し得ないことは云うまでもない。そこで、旧所有者と控訴人間の賃貸借関係は、目的物の所有権が移転したに拘らず、もとの契約当事者間に依然残存すべき筋合である。しかしながら、右賃貸借の主要内容を為す賃借人の目的物の使用収益権これに対応する賃貸人の使用収益義務は、賃貸人が目的物の所有権を他に譲渡し目的物の支配可能性を喪つたことによりその基礎を失つて形骸化し、新所有者よりの目的物の引渡の請求が現実化すると同時に、賃借人に対し目的物を使用収益せしむべき義務が履行不能に陥るに至る(この関係は、丁度物権関係における目的物の滅失又は喪失の場合の効果に比照せられ得る)のであるところ、不動産賃借権を敢えて物権視しないとしても、賃貸借はひつきよう人を媒介とする物の支配であり、しかも前者よりもむしろ後者の関係が重視せられるものであるから、賃貸借目的物が契約当事者雙方の支配下より失われた場合においては、殊更に契約解除の手続を要せずして、目的物利用を主眼とするこの種の契約は当然に消滅に帰するものと解するを相当とする。即ち、賃貸借は継続的契約であるから、当初の契約成立後において、その契約から生ずる債務の履行が全部不能に陥つた場合においても、将来に対する関係では原始的不能と同視して差支えないから、その不能が契約当事者の責に帰すべき事由によると否とを問わず、その後の契約関係は実質的には、その成立要件を欠くに至つたものということができ、使用収益債権債務関係が消滅すれば、これを前提要件とする賃料債務もまたその存立要件を欠くことになり、結局右継続的契約は解約その他の意思表示をまつことなく、当然終了するものと解せられる。従つて、前記の如く対抗力のない賃貸借関係において賃貸人がその目的物を他に譲渡した場合には、賃貸人(旧所有者)の賃貸借上の義務が履行不能に陥ると共に、右賃貸借契約関係は当然終了するものと云わねばならない。

次に右の理由により賃貸借の支えを失つた転貸借関係(控訴人と被控訴人との関係)の帰趨について考える。先ず右のように旧所有者と賃借人(控訴人)の間の賃貸借関係が履行不能により消滅に帰してもそれによつて転貸借関係まで直ちに消滅するものでないことは勿論である。しかし乍らこの関係においても、前同様、目的物の使用収益義務者たる転貸人(賃借人)は、自己の権利を対抗するに由ない目的物の新所有者から為されたその物の返還請求が現実化した場合には、転貸人として目的物を転借人に使用収益せしむべき義務が履行不能に陥る結果、前叙と同様の理由により、転貸借契約関係もまた当然終了するものと言わねばならない。そしてこのことは、新所有者が偶々転借人であつたとしても別異の取扱をすべき何等の理由もなく、かかる両者の資格を兼併する者として、権利行使の選択を為し得るけれども、その転借権の行使を断念して所有権の行使を為す以上は、一般の所有者に比し、不利益を忍ばねばならない格別の根拠はない。

そして、本件においては、左記の通り、右賃貸借と転貸借の消滅が被控訴人の本件土地の所有権の行使により、同時に生じたものと認めることができるのである。即ち成立に争のない乙第二号証によばれ、本件土地の新所有者となつた被控訴人は、昭和二八年六月九日、控訴人に対し書面を以て、本件転貸借契約の目的物たる本件土地につき所有権を取得したことを理由として、契約が解消せられたとし、転借料の支払を拒絶し、所有者としての占有開始を通告したことが認められ、右書面は遅くとも同月一〇日には控訴人に到達したものと推定されるから、右到達と共に被控訴人の本件土地に対する代理占有関係は解消し、同人は爾後右土地に対する直接自主占有を取得し、この反面控訴人は右土地の支配権原を失い、賃貸借の両契約は共に消滅したものといわねばならない。

以上により、本件転貸借契約は遅くとも昭和二八年六月一〇日限り消滅し、控訴人はこれ以後被控訴人に対する賃料請求権、契約解除権、目的物(土地)返還請求権等転貸借契約に基づく一切の権利を喪失したものであるから、右権利の存続を前提とする同年六月一一日以降の賃料並びに損害金の支払、及び本件土地の返還を求める控訴人の請求部分は、その余の判断をなすまでもなく失当たるを免れない。

次に、被控訴人は控訴人に対し転貸借存続中である昭和二八年六月一日以降同月一〇日までの賃料は、これを支払うべき義務があることは明らかであり、約定賃料が一ヵ月金二、〇〇〇円であつたことは当事者間に争がないところ、被控訴人は右賃料につき地代家賃統制令の適用がある旨主張するが、被控訴人の本件土地上に所有する建物が店舗であることは当事者間に争がなく、又右建物が地代家賃統制令第二三条に所謂併用住宅であると認むべき証拠もないので、店舗の敷地である本件土地については昭和二八年六月当時同令第二三条第三号により同令の適用が排除されていたものと言わねばならず、よつて前記約定賃料は有効であり、被控訴人は控訴人に対し右約定賃料の割合による前記期間の延滞賃料金六六七円を支払うべき義務がある。

以上の理由により控訴人の請求を全部棄却した原判決は相当でないから、これを変更し、右賃料支払部分につき、控訴人の請求を認容し、その余はこれを棄却すべく仮執行宣言についてはその必要が認められないので、これを附さないこととし、控訴は一部その理由があるから民事訴訟法第三八六条、第九六条、第九二条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮川種一郎 裁判官 奥村正策 鍬守正一)

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